天満橋から
「おおさか図像学」というたまたま図書館で出くわした本には「知らなかった」というより「気がつかなかった」というのがぴったりくるような話がいくつかあった。図像にまつわる話題なので「これ見たことはあるのに、それわからんかった!」という感じだ。
いちばんおもしろく感じたのは、この絵。
錦絵『浪速百景』から、左は「あみ嶋風景」で右は「天満ばし風景」という別々の独立した絵なのだが、実は場所は同じ天満橋の上。それで、こうやって繋ぐとひとつになってしまう。
できれば錦絵とぴったり同じ場所を写してみたいものだけれど、天満橋そのものが今とは少し位置が違うらしく、写真では大川に右手前方から合流している寝屋川が、結果もっと下流にあったわけなので、錦絵にはない。逆に写真左にみえる川崎橋は昔は橋ではなくて「川崎の渡」だったので錦絵にはない。それになにしろ大阪城がビルのむこうでとても見えない。だけど左のあみ島は今でも変わらず桜の名所だし、地形というのはどうしたって彷彿と残っているから面白い。橋を渡って城のほうへ行けば大阪府庁だから、当時も今も似た職業の人たちが行き来しているということも言えそう。
★浪速百景解説図像(大阪府立中之島図書館)http://fukeiga.library.pref.osaka.jp/kekka.php
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<おぼえがき>川崎橋は昔もなんどか掛かっていたらしい。淀川の洪水で流されると渡しになっていたりしたようだ。明治時代の川崎橋の写真が「ふるさとの想い出写真集明治大正昭和大阪(下)/島田清」に載っていた。